原朋信の音楽


PROFILE

原 朋信(はら とものぶ、1968年4月2日 - )は、日本のミュージシャンである。
自身一人で『シュガーフィールズ』名義での音楽活動を行っている。
また、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、マスタリング・エンジニアとしても活躍。
インディーズレーベル『カフェ・オ・レーベル』の代表取締役。

BIOGRAPHY

自宅録音機器の進化と共に歩んだ日々

 
1968年4月2日生まれ。
 
中2からで自宅録音開始。カセットデッキタイプの4トラックMTRで、ミキサーが外付けという(とにかくかっこいい) Yamaha MT44を使用。 
ダンボール箱をドラムにしたり、オルガンを風呂場で弾いてエコー掛けたり、ピアニカにラジカセのマイクを内蔵したり。
17歳でコンピュターミュージック開始。元祖ミュージックコンピューターと言われる MSXパソコン YAMAHA「CX-5」でプログラミング開始。
 
高校でロックバンド結成。19歳でYAMAHAティーンズミュージックフェスティバルで新潟代表に。ハウスとんがり大賞受賞。とんがりコーン一年分をGET(360個)。
 
大阪芸術大学で、黒人音楽に目覚める。ロバート・ジョンソン、ジョン・リー・フッカーから、コルトレーン、マイルス・デイヴィス、ボブ・マーリィまで、
たくさんのブラック・ミュージック・クラシックスを聴く。
 
突然、ザ・スミス、ストーン・ローゼズとUKものにハマりブルース・ロックからUKぽいのに路線変更。
なんばベアーズやアメ村サンホール、十三ファンダンゴなどに出演。ベアーズで山本精一に出会い、J-オルタナの洗礼を受ける。
 
ノルマ払ってバンド活動を続けてもラチがあかないと思い、
震災&オウムの年(1995年4月)にバンド活動とバイト活動を休止。
 
バイト辞めた夜から古いカセット4トラを引っ張り出し自宅録音を再開。
家電量販店で買った定価数万円のマイクがあまりに酷く、シュアSM58を再購入。
やはり定番マイクは素晴らしいと実感。
 
お手軽シーケンスマシンの名機 YAMAHA QY20を購入し使い倒す。
30分カセットテープ作品を毎月リリース。ダブルデッキでダビングし量産。大阪の大手CDショップでなぜか大展開。
それを買った某インディーズ・レーベルに誘われ、東京へ引っ越し。
1996年、初のCDデビュー作品「SELECTION1」をリリース。
 
1997年、ポニーキャニオンよりメジャーデビュー。
同社よりカセット8トラック音源で「メロディアス・ワールド」「夢の大掃除」、デジタル録音で「スウィート・ハート」をリリース。
 
原盤制作費2,000万円をゲットし、足立区綾瀬に生ドラムも叩けるレコーディングスタジオを自作で構築。
スタジオ防音について研究し、ホームセンターに通ってDIYで防音設備を完備。
発売されたばかりの YAMAHA o2RアレシスADAT二台で、16トラックデジタルレコーディング開始。
「カフェオレーベルスタジオ」スタート。
 
デジタルレコーディングの音の扱い難さに困惑し、初の高級マイクプリアンプ 「Focusrite Green Range」を購入。良質なアナログアウトボードの魅力に感動。
この頃、NEVE1073、FAIRCHILD670などヴィンテージ機材を多数レンタルし音の聴き比べを行う。
 
インディーズ・レーベル「カフェオレーベル」を本格始動。
 アンアーバーに始まり、くるり、スネオヘアー、チョコレートパフェなど、
自分の以外のミュージシャンのレコーディングも本格始動。
 
この頃、コンピューターベースのDAWに移行。当時はLogic&ウインドウズマシン。
  
1999年、一身上の都合により、第一期カフェオスタジオを閉鎖。
船橋にプレハブスタジオを建て、千代田夏夫、マーガレットズロースなどの録音。
マーガレットズロースでは、初の屋外レコーディング(代々木公園など)も敢行。
 
2000年、船橋から渋谷に引っ越し。
自室兼でマスタリングスタジオ中心の営業形態に変更。
レコーディングはリハーサルスタジオにFOSTEXのデジタルMTRを持ち込み、ドラムREC。
他は、自室スタジオで行い、シュガーフィールズ初の生バンド形態のアルバム3枚「レモンウォーター」「レインボウ」「孤独からの出発」をリリース。
 
2006年頃、現在のAMATERASブランドの基礎となる録音機器(スピーカーやライントランス)の商品化&発売を開始。
 
2008年、再び、足立区綾瀬にカフェオレーベルスタジオ設立。
 
 

HISTORY

沿革

1987年、新潟県立長岡高等学校卒業
1992年、大阪芸術大学卒業。佐藤宏と原の二人ユニット、シュガーフィールズとして関西で活動開始。佐藤(シュガー)と原(フィールズ)で「シュガーフィールズ」と命名。
1995年、佐藤が脱退し、一人ユニット「シュガーフィールズ」 として活動を本格始動。自主レーベル「カフェ・オ・レーベル」を設立し、TASCAMのカセット8トラックレコーダーで録音した、自宅録音カセットシリーズを販売。
山本精一率いる難波ベアーズで、「オルタナ以降のシンガーソングライター」として、パラダイスガラージと共に「うたモノ」と呼ばれた。これが現在の「うたモノ」という言葉の始まりとなる。
1996年、ビシャモンレコーズより「シュガーフィールズ セレクションI」をリリース。
1997年、カセットシリーズが好評になりポニーキャニオンよりメジャーデビュー。東京に拠点を移し一軒家をレコーディングスタジオに改造。カフェ・オ・レーベルを本格始動。以降、カフェ・オ・レーベルから自身のアルバムをリリースしながら、スネオヘアー、くるり、チョコレートパフェ、マーガレットズロース、イッパイアッテナなど多くの新人を発掘・プロデュース。
2002年、劇団ヨーロッパ企画とのコラボ企画「Europe Fields Forever」公演。
2003年、京都大学吉田寮にて自主企画イベント「石庭」開催。
2006年頃より、原が考案した自社ブランドのレコーディング機材を設計、および販売。
2008年、同郷の難波章浩(Hi-STANDARD)と意気投合し、フジテレビ系新潟総合テレビで、音楽番組を制作し出演。
レコーディング・エンジニア、マスタリング・エンジニアとしても、多くのアーティストの作品を手掛けている。

   

PHILOSOPHY

 

INDEPENDENT MIND
TO LIVE A LIFE OF FREEDOM

自由に生きるための独立心。


  • 01

    自由であること

    自分の選択で生き続けられること。思った時に、思ったものをすぐにやれる状況にあること。
  • 02

    クリエイティブであること

    わざとらしい音を出さないこと。生まれてきたすべてを許すこと。それを記録すること。
  • 03

    完璧を目指さないこと

    音楽は、流れ続けていくもの。どんなノイズもテンションノート。緊張が生まれ、解決し、また緊張へ。